皆様、こんにちは!フロント木村です。
寒さの中にも春の訪れを感じる、今日この頃。早朝の空もずいぶんと明るくなり、日中の日差しもだんだん強くなってきました。・・・とはいえ東北の2月。まだまだ雪がちらつき、厚手のコートは手放せません!
今回のブログは前回に引き続き、とある「石碑」をご紹介いたします。
この石碑はホテル白萩から徒歩で15分ほど、仙台駅東側の名掛丁にあります。
↑ 「日本近代詩発祥の地」の石碑です。
なぜこの碑が仙台にあるのか?と思う方もいらっしゃるかも知れません。
実はこの名掛丁には、島崎藤村が下宿していた「三浦屋」があったのです。日本近代詩の先駆けとなった詩集『若菜集』の大半は、この地で書かれたと言われています。現在は「藤村広場」が作られ、住民の憩いの場となっています。
↑ 藤村広場です。
生活や文学面で多くの問題と苦悩を抱えていた藤村は、苦難の生活から逃れるように、東北学院の教師として来仙したと言われています。仙台に滞在したのは、わずか9ヶ月ほどです。
↑ 『市井にありて』の一部
藤村の感想集『市井にありて』の中で「・・・あの二階裏へは、遠く荒浜の方から海のなる音がよく聞こえて来ました」とあります。当時は高い建物も無いため、遠い荒浜の海鳴りが聞こえたのでしょうか?今となっては、この辺りで海の気配を感じることは、残念ながら全くといってよいほど、ありません。
同じく『市井にありて』の中で藤村は「あの仙台へついてからというものは、自分の一生の夜明けがそこではじまって来たような心持を味いました。実際、仙台での一年は、楽しい時であったと思います・・・」と記しています。仙台の人々や風土が藤村の心を癒し、立ち直らせたのだとすると、仙台に住む者として、とても誇らしく嬉しい気持ちです。
藤村広場へはホテル白萩から徒歩15分ほどと少し歩きますが、『初恋』や『潮音』の碑もあります。よかったらお立ち寄りください♪